石材に残された矢穴幅は約6cm〜8cmで、作業時代は寛永時代ではないかと思われます。

戸田・勝呂家に残る文書に記載がある寛永六年の江戸城普請に伴う紀州徳川家の預かり丁場が外内匠丁場に存在したことを裏付けています。


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